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生返事をしてそのまゝ登つて行く。
「何にしても、えらいこつてしたなあ」
とにかく、それは遠い向ふで起つていることだつた。対岸の火事を見物するやうなものだつた。
「――へえ、まだお帰りぢやないのかね」
と、ふしぎに叮寧な言葉使ひになりながら、鼻汁と埃とがごつちやになつて真黒になつた子供の方にしやがみこんで、家の方へ向きを変へてやる。
「先生!」
職業柄人見知りなんかはしていられないし、又さういふことにかけては密ひそかに自信を持つていた房一も、少したぢたぢとなつた。そのはずみに、房一は路々考へて来た挨拶のきつかけを度忘れてしまつたほどである。
「いつたい、今日は何ごとかの」
出て来たのは紅い手をした看護婦だつた。台所の方へ行つて何やらまごまごし、しばらく立つてから、
柳里恭りゅうりきょうの『雲萍雑志うんぴょうざっし』のうちに、こんな話がある。
「まづい、まづい。酒がまづくなる」
房一はその黒い顔に微笑をうかべながら今泉を見た。
そして、こんなにはつきりした明るさの中で、もう十分に伸びつくした草地だの山地の樹木は、やたらにもくもくし、ぢつと息をつめているやうであつた。それは全体に黒つぽい様子をしていた。そのいくらか濁つた、一杯に成長し切つたことを示す黒味の中には、何かしらすぐ傍までやつて来ている九月の爽やかさを感じさせるものがあつた。